こうよう会の2025年度定期総会にて講演いただいた、東京理科大学 栄誉教授 秋山仁教授による講演内容をご紹介します。

プロフィール
東京生まれ(1946年10月)。東京理科大学理学部応用数学科卒業(1969年)。日本大学大学院理学研究科修了。米国AT&Tベル研究所リサーチコンサルタント(非常勤)、東京大学教育学部非常勤講師、東京理科大学理学部教授などを歴任。現在、東京理科大学栄誉教授。わらび市名誉市民(1999年)、日本数学教育学会表彰(2003年)、ロータリー財団アカデミック会員(2007年)、日本数学会出版賞受賞(2016年)、ナイト・ドーン白金文学名誉博士号(2017年)、ドミニカ・カトリック大学(PUCMM)名誉博士(2018年)、外務大臣表彰(2018年)、クリストファー・コロンブス賞金銀賞(2021年)、瑞宝中綬章受章(2025年)。
NHK Eテレ 「3か月でマスターする数学」に出演
最近は、テレビに登場しております。皆さんの中には、私がまだ若い頃に、NHKでツボツボくんや中島啓江さんと共演していたのをご覧になっていた方もいるかもしれません。
15年ほど前、東海大学から理科大に移った時に「教育研究に専念し、テレビ出演は極力控えるように。」と当時の常務理事から言われました。それを真実に守り、ずっとテレビには出ていませんでした。
ところが、その私が1990年に数学オリンピックの国内組織を立ち上げた時、初の日本チームに参加した高校生メンバーの一人が今、NHKのプロデューサーになっていて、彼が私の研究室に来て「一度、数学の番組に出演してくれないか。」と頼まれました。教え子の依頼はどうも断りづらくて、何度も断るつもりだったのですが、「NHKに通うなんて無理。目も耳も悪くて授業はできない。2〜3か月でテキストを書くなんて、とてもできない。」と伝えたのですが、数日後、彼がまたやって来て「その問題は全て解決します。理科大の近代科学資料館で撮影するから、NHKまで行かなくてもいい。次に、勉強系コーナーのコメンテーターとして出演してもらえれば、先生は座ってニコニコしていればいい。そして、テキストはライターに書いてもらいますから、最後に校閲だけしてください。」と言われました。
そんなわけで、昨年「3か月でマスターする数学」という番組に出演しました。
放送後、どのような反響があったか。私の番組を見ていた方々にとっては「まだ生きているのか。」という第一印象だったようです(笑)。
そしてテキストは5万部売れればいいだろうと思っていたのですが、現在10万部、約20万部。視聴率もとても良く、おまけで春休みに再編集版の放送もやりました。
生きている限り細々と生存証明のために出続けますので、ぜひご覧になってください。

21名の若き理学者が崇高な志を抱き建学した東京理科大学
では、理科大がどれほど素晴らしい大学かをお話しします。今日は少なくとも3代目までの校長先生の名前を覚えていただきますよ。帰りには敬老しますからね。
初代校長は寺尾寿先生。東京大学の教授で、国立天文台の初代台長でもあります。大変な人物でした。1800年代半ばの生まれというと、ほかに福澤諭吉先生、大隈重信先生、北里柴三郎先生などがいらっしゃいます。寺尾先生はそのなかでもとびきり素晴らしい先生でした。今、名前を挙げた先生方はみんな勲章の額になっているのに、なぜ寺尾先生はお札にならないのだろう。私はこれからの余生を使って、寺尾先生を1万円札の顔にするキャンペーンをしようと、そんなことを考えています。どうですか、この提案は(会場拍手)。
2代目は中村清二先生。先生が卒業式で学生からサインを頼まれた時に書いた言葉が「月桂冠は君の頭上に輝く」だそうです。今日の講演のタイトルです。
3代目が中村精二先生です。夏目漱石の親友として知られている方です。2代目校長と同じ「中村」ですが、兄弟でも親戚でもなく、偶然です。
さて、理科大は、東京大学理学部フランス語物理学科を卒業した10名と53回生を中心に若い先生が21人集まって、1881年に創設した東京物理学講習所(2年後に「東京物理学校」に改称)が前身です。その頃の東京大学では、各藩から選ばれた優秀な学生が、国からの奨学金で学んでいました。それに恩返しをするために、私たちが物理学を教えてきたのだろう、私たちは世の中のために物理学を教えよう、と考えたのですね。
当時の社会背景を説明すると、海外事情に明るい福澤諭吉先生、大隈重信先生たちは法学や経済学が専門で、どちらかというと文系でした。そうした先生方も、もちろん物理学の重要性は認識していましたが、慶應義塾大学や早稲田大学には当初、理学部や工学部は作られなかったのです。国の発展のためには大学で理科教育をする必要があるのではないか。そこで21人の若き理学者たちが、「ならば私たちがやろう」と東京物理学校を創設したというわけです。これこそ「ノブレス・オブリージュ(高き者の義務)」。授業料は受け取っていたものの、先生方は無給で教えていました。

理科大の「実力主義」は開校当初から受け継がれている
開学したものの、なかなか生徒は集まりませんでした。それでも20名、40名、100名とだんだん増えていった。ところが、1年目で1〜2割は退学できた者がやっと数名という状況で、卒業には至らない年が続きました。そこで「学生をより多く集めるために、卒業率を低くしよう」という案が出たこともあったそうです。「実力の無い者は中途半端な学びは許さない」という厳しい方針をとるのであれば、大変良いことではないか、という意見が出たのです。これが、現在も理科大に息づく「実力主義」の源流です。
ご存知かもしれませんが、理科大のイメージキャラクターは「坊っちゃん」と「マドンナちゃん」。夏目漱石の小説『坊っちゃん』の主人公は東京物理学校出身という設定になっています。神楽坂キャンパスの近代科学資料館には、「坊っちゃん」の授業風景が展示されており、ご覧になっていただけます。
ご父母の皆さん。私が今日お伝えしたかったのは、ご子女を東京理科大学に通わせるという皆さんの選択は大正解であるということです。
